⑥「治療費・施術費打切りへの対応」

1 治療費不払い・打切りへの対応

 交通事故の相談でよくあるものとして、「保険会社が治療費を全く支払わない。」、「保険会社に治療費支払いを打ち切られた。」というものがあります。このような場合には交通事故被害者としては、必要な治療であっても自費での負担ということで躊躇してしまいかねません。被害者としてはどのような対応ができるでしょうか?

2 自費負担を避けるための対応

(1) 「保険会社が治療費を全く支払わない」という場合

 この場合には、相手方自賠責保険に被害者請求するということが考えられます。

前提として、ここでいう「治療費を全く支払わない」保険会社とは加害者の任意保険会社です。任意保険会社が治療費を支払おうとしない場合は、自賠責保険会社に請求するということです。

(自賠責保険、任意保険については、「②自動車保険について知る」を参照)

 自賠責保険は交通事故被害者の最低限の救済のために、運転する者すべてに加入が義務付けられる保険です。任意保険は文字通り任意で加入する保険で、一般に自賠責保険でカヴァーされない範囲を対象とします。ただし任意保険会社は、サービスとして自賠責保険対象の範囲も含めて一括払いをする対応をしています。

 問題は任意保険会社が被害者への治療費支払いをしない場合で、この場合には当然一括払いもされませんので、被害者自らが自賠責保険に対して請求する必要があります。これが、「被害者請求」です。自賠責保険の保険契約者は加害者なので、契約関係にはない被害者にも請求を認めるところに「被害者請求」の特殊性があります。この「被害者請求」は自動車損害賠償保障法の第16条で認められています。

 

 実際の手続きとしては、①加害者の自賠責保険会社を確認する、②その自賠責保険会社に連絡し「被害者請求」に必要な手続・書類を問い合わせる、③書類等準備し、「被害者請求」を行うという流れになります。

(2)「保険会社に治療費を打ち切られた」という場合

 まずは、交通事故被害に関する損害賠償請求と保険会社の治療費支払いの関係を確認してみましょう。原則として、損害賠償は損害が確定してからなされるもので、交通事故による負傷等では症状固定(治療による改善がこれ以上望めない状態)によって損害が確定します。つまり、原則的には症状固定まで加害者側に賠償する必要はありません。加害者側保険会社が治療時点で治療費を立替えるのはサービスとして行っていることです。

 したがって、治療費支払いを打ち切った保険会社に対して法的に治療費の支払いを強制することは難しいです。

 被害者として採りうる対応としては、まず①弁護士に依頼して治療費継続の交渉をするということがあります。治療費立替は保険会社のサービスとはいえ、気分次第で打切りができるわけでもありません。保険会社としては被害者には「もう治療の必要がない」「症状固定している」ことを根拠に治療費打切りの宣告をします。弁護士はこれに対して、被害者にはまだ治療継続の必要があることを主張し、治療費支払いを継続するよう交渉していくことになります。

 次に考えられるのは、②ひとまず自費で治療継続し、治療終了後に保険会社に請求することです。ここでも交通事故によって生じた負傷の治療として必要であったのかどうかが争われることになります。効果的な交渉・請求をするにはやはり弁護士に相談することが望ましいです。重要なことは治療が必要かどうかは、最終的には患者本人と医師が決めることであり、保険会社のいいなりになる必要はないということです。費用に関してはあとからでも回収できるので、必要な時期に適切な治療を行ってください。


3 自費負担を軽減するための対応

上記の2では、自費での負担を避ける対応を検討してきましたが、2の対応が難しい場合には、自費での負担を軽減する対応を検討する必要があります。

(1)被害者の人身傷害保険の利用

人身傷害保険は、被保険者が自身が被害者となった場合に備えて加入する保険です。事故などにより身体に傷害を被った場合に支払われる保険となります。被保険者(被害者)の過失を問うことなく、仮に過失があっても契約に定めた基準内で実際の損害分が支払われます。これを利用して、被害者に過失がある場合に(例、加害者8:被害者2)、加害者側保険に対しては治療費を8割しか請求できないところ、人身傷害保険で残り2割の過失部分を充当することで、治療費全額を保険で賄うことができます。

 これに加えて、相手方保険会社が治療費を支払おうとしない場合にも、人身傷害保険を利用することができます。治療費支払いの額は保険契約で定めた内容によりますが、自費での負担を軽減することはできます。人身傷害保険が負担した治療費について、自賠責保険が負担すべき部分を含む場合には、人身傷害保険会社が自賠責保険会社に求償することになりますが、これは保険会社同士のやりとりとなるので、被害者の方の対応は不要です。

(2)労災保険の利用

被害者の労災保険を利用すべき場合としては、通勤災害である場合、被害者に過失割合が出そうな場合が挙げられます。通勤における事故である場合には、健康保険の適用はなく、労災保険が適用されます。事故の過失割合については、被害者が停車中に追突されたという場合(加害者100:被害者0)でなければ、被害者にも過失割合があると考えてよいでしょう。

 労災保険を利用する利点としては、自賠責保険のような治療費の上限(傷害で120万円)がないこと、被害者の過失割合に関わらず治療費全額が支給されることが挙げられます。

 加害者がいる事故で労災の適用を受ける場合の手続としては、労働基準監督署に第三者行為災害届をする必要があります。届出に必要な書類は労働基準監督署に確認します。労災保険から給付を受けた部分については、被害者は加害者側に賠償請求できなくなり、労災保険が加害者に支払い分の求償をすることになります。反対に、すでに被害者が加害者側から支払いを受けた部分については労災保険から給付を受けることができなくなります。

(3)健康保険の利用

 交通事故において健康保険を利用するかどうか議論あるところですが、押さえておきたいのは法的には利用が認められているということです(健康保険法57条等)。

 ここでは、被害者にとって利用するメリットがある場合を検討していきます。

健康保険は加害者がいる事故で、加害者・加害者側保険による賠償の負担が期待できる場合には利用のメリットはほとんどありません。対して、被害者に過失割合がありそうな場合には、健康保険利用のメリットがあります。被害者に過失割合があれば治療費といえど過失部分については自己負担となるため、健康保険を利用しておけば自己負担額を減らすことが可能です。

 加害者のいる交通事故で健康保険を利用するには健康保険に対して「第三者行為による傷病届」をする必要があります。健康保険としては、第三者が原因の傷病については、第三者が賠償を負担するのが原則であり、事故への健康保険適用は被保険者の便宜のための立替えに過ぎないというスタンスです。健康保険が負担した部分については、健康保険から加害者に求償請求が行きます。注意する点としては、医療機関等の一部が、交通事故については健康保険の利用を認めず自由診療とすることを求めてくる場合があるので、医療機関等に問い合わせる必要があります。ちなみに健康保険の利用を認めない理由としては、自由診療の方が診療報酬を高く設定できること、健康保険適用では選択可能な治療方法が限られること(以下※参照)が挙げられます。



※健康保険適用の治療と自由診療の併用の問題

 現在の制度上、健康保険適用の治療と健康保険の適用対象外の治療(自由診療)の併用はいわゆる「混合診療」として、保険適用範囲の治療も含めて全額自己負担とされています。医療機関としては、健康保険適用を維持すると自由診療はできなくなるので、上述のように健康保険を適用すると選択可能な治療が限られるとして、交通事故の場合に自由診療とする方針を採ることがあります。

 この扱いに法律上直接の根拠はなく、政府の解釈・運用上の扱いです。そのため、併用を認めるべきだとの主張もあり、「混合診療」問題として取り沙汰されています。

 なお、「混合診療」問題と関連し、健康保険適用の治療との併用が可能な「先進医療」という形態や、一定の要件を満たした健保適用外の治療について実質的に併用を認める「保険外併用療養費制度」があります。

(参考:厚生労働省 HP)

・「保険診療と保険外診療の併用について」http://www.mhlw.go.jp/topics/bukyoku/isei/sensiniryo/heiyou.html

・「先進医療の概要について」

http://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/kenkou_iryou/iryouhoken/sensiniryo/index.html

0120-115-456 メールでのお問い合わせ